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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)5089号 判決 1996年3月21日

原告

筒井秀子

ほか一名

被告

東雅希

主文

一  被告は、原告筒井秀子に対し、金一五〇三万一四四九円、原告筒井隆央に対し、金一〇六三万一四四九円及び右各金員に対する平成四年一〇月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告筒井秀子に対し、金五七九二万一六四六円、原告筒井隆央に対し、金四九一八万五八六九円及び右各金員に対する平成四年一〇月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、普通乗用自動車が県道の料金所に衝突し、同乗者が死亡した事故につき、同人の父母(相続人)が、同車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

二  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成四年一〇月四日午前一時五分頃

(二) 場所 兵庫県西宮市山口町船坂下ケ平柏木谷一七一四番地先、県道大沢西宮線

(三) 被害者 筒井江美子(以下「江美子」という。)

(三) 事故車両 被告運転の普通乗用自動車(大阪七八と九九五五、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 被告車が、右県道の左カーブを曲がり切れず、料金所に衝突し、そのため、同乗していた江美子が、脳挫傷の傷害を負い、翌一〇月五日午後六時二〇分頃、死亡した。

2  被告の責任

被告は、速度制限に違反し、時速一一〇キロメートル以上で走行し、そのため運転操作を誤り、本件事故を生じさせた(乙二)。したがつて、被告は、民法七〇九条に基づく責任を負う。

3  江美子の権利の承継

江美子の相続人は、母の原告筒井秀子(以下「原告秀子」という。)と父の原告筒井隆央(以下「原告隆央」という。)であり、相続分は各二分の一である(甲二の1、2)。

4  損害の填補

原告らは自賠責保険から各一五〇〇万円の支払を受け、原告秀子は、被告から一二〇万円の支払を受けた。

三  争点

1  好意同乗減額

(被告の主張)

本件事故は、六甲山山頂への深夜のドライブの帰途に生じたところ、ドライブの発案者は江美子と被告であり、江美子は友人を誘う等積極的に関与し、被告の高速走行を容認していた。したがつて、損害額の二割を減額するのが相当である。

(原告らの主張)

江美子は、本件事故当日、被告に誘われてドライブに行つたものであり、何ら積極的に関与していない。

2  損害額

(原告らの主張)

(一) 江美子の逸失利益 一億〇三三七万一七三九円

江美子は、本件事故当時、カネボウ化粧品大阪西販売株式会社(以下「カネボウ」という。)に、美容部員として勤務し、平成四年七月は一六万一五〇〇円、同年八月は一六万五一二三円、同年九月は一六万八一二五円の給与を得、同年末の賞与は三七万三五四七円であつた。右賞与は、江美子が生存していれば、四〇万一四六〇円が支給されたはずであるから、同年の逸失利益は、右賞与の差額二万七九一三円及び三か月分の給与であり別紙一(逸失利益表)の平成四年欄のとおりである。そして、カネボウの定年は六〇歳であり、同社の就業規則等に定める定期昇給や昇格に基づき江美子の収入を算定すると別紙二(在籍推定収入表)のとおりとなる。また、同社の退職金規則によれば、江美子の定年時の退職金は一五六八万三〇〇〇円となる。さらに定年後の収入については、六〇歳時の右年収九一二万一〇〇〇円の二分の一の四五六万〇五〇〇円として算定する。

以上に基づき、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、江美子の得べかりし収入を計算すると、別紙一のとおり(六〇歳時の平成四四年分については、二分の一を別紙二の収入、二分の一を、定年後の収入として右額の二分の一とする。)、一億四七六七万三九一四円となる。

そして、生活費控除率については、江美子は母の原告秀子や弟らを扶養し、一家の支柱であつたので、三割とするのが相当である。したがつて、江美子の逸失利益は、一億〇三三七万一七三九円となる。

(二) 葬儀関係費用(原告秀子の損害) 四九三万五七七七円

原告秀子は、葬儀費、仏壇購入費、法要、お供え等の諸費用合計四九三万五七七七円(明細は別紙三出費一覧表記載のとおり)を支出した。

(三) 慰謝料 二五〇〇万円

江美子は、原告らの離婚により、原告秀子とともに生活し、同人の経済的及び精神的支えとなつていた。江美子の慰謝料の相続分及び固有の慰謝料の合計は、原告秀子につき一五〇〇万円、原告隆央につき一〇〇〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 五〇〇万円

原告らにつき、各二五〇万円

(被告の主張)

(一) 逸失利益

カネボウの美容部員の平均勤続年数は、三年ないし三年半であるから、定年の六〇歳まで勤務することを前提に逸失利益を算定するのは不当である。すなわち、せいぜい平成六年まで勤務して退職することを前提に算定すべきである。

江美子の平成四年の推定年収は原告ら主張の二七一万四〇〇〇円(賞与五か月分を含む。)、平成五年の推定年収は原告ら主張の二八四万九〇〇〇円(賞与五か月分を含む。)、平成六年の推定年収は二五五万一一四七円(同年は冬の賞与は支給されなかつたので、原告ら主張の年収の一七分の一四・五)であるから、平成六年末までの江美子の得べかりし収入は、五八七万九〇八八円である。

(271万4000円÷17×3)+284万9000円+255万1147円=587万9088円

そして、平成七年(二二歳)以降六七歳までの四五年間については、二二歳女子の平均賃金(年収二四〇万二四〇〇円)により、次のとおり算定すべきである。

240万2400円×23.231=5581万0154円

したがつて、江美子の逸失利益は、右合計六一六八万九二四二円から生活費五割を控除した三〇八四万四六二一円となる。

また、仮に、江美子の事故前一年間の収入二七九万八一六二円を基礎として算定すれば、同人の逸失利益は三三三四万二八九八円となる。

279万8162円×0.5×23.832=3334万2898円

(二) 葬儀関係費用

本件事故と相当因果関係のある費用としては一〇〇万円が相当である。

(三) 慰謝料

被告は原告の治療費一二二万九七四〇円を支払つていること、原告らは被告の搭乗者保険金一〇〇〇万円を受領していること等を考慮すると、合計一八〇〇万円が相当である。

第三争点に対する判断

一  好意同乗減額の可否(争点1)

前記の事故態様に証拠(乙一、二、原告秀子)及び弁論の全趣旨を総合すると、江美子(昭和四七年五月二三日生)と被告(昭和四八年三月一〇日生)とは高校時代の同級生であるところ、江美子は、かねて、同僚の木村真利子(以下「木村」という。)と被告運転の車でドライブする旨を打合せ、本件事故前日の午後八時ころ、木村にカネボウの前で午後九時ころ待つように電話したこと、同日午後九時ころ、被告は、被告車に友人の杢尾弘(昭和四七年五月三一日生、以下「杢尾」という。)と江美子を同乗させて、木村との待ち合わせ場所に赴いたこと、右四名は被告車で六甲山へ行き、夜景を楽しんだ後、大阪に帰る途中本件事故に至つたこと、当時、被告車の助手席に杢尾、運転席の後部座席に木村、助手席の後部座席に江美子が同乗し、江美子と木村とは雑談をしていたこと、木村は被告や杢尾とは本件事故前は面識がなかつたことが認められる。

右に認定したところによれば、江美子は、木村をドライブに誘つており、江美子と被告とがこれを計画したものと推認されるところ、右のとおり、本件事故当時、江美子は後部座席に座り、木村と雑談していたのであるから、特に危険な運転を促したり、容認したという事情、すなわち、本件事故の発生につき特段の過失・寄与があつたとは認められない。

したがつて、全損害につき好意同乗減額をすることは適切でなく、右無償同乗の事実を慰謝料算定の一要素として考慮するのが相当である。

二  損害額(争点2)

(一)  逸失利益(江美子の損害) 三三三四万二八九八円

(1) 証拠(甲六、七の1ないし15、八、九の1ないし11、一〇、一一の1、2、一二ないし一七、一八の1、2、一九の1、2、二〇、二一の1ないし4、二四、二五の1ないし25、証人横尾進、原告秀子)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

<1> 江美子(昭和四七年五月二三日生まれの独身女子)は、高校を卒業後、平成三年三月二二日、美容部員としてカネボウに就職し、本件事故に遭うまで健康で、真面目に勤務していた。

<2> カネボウの賃金は、同社の就業規則、賃金規則により定められ、基本賃金(本給、職能給、調整給)及び諸手当(都市手当、食事補助手当等)から成る。

美容部員については、高卒後の入社当初はアシスタント・ビユーテイアドバイザー(ABA)の資格であるが、通常の勤務成績で二年を経過するとビユーテイアドバイザー(BA)に昇格し、その後、同様に二年を経過するとチーフ・ビユーテイアドバイザー(CBA)に昇格し、その約四年後には一定の要件を満たすことによりヘツド・チーフ・ビユーテイアドバイザー(HCBA)に昇格し、その約五年後には一定の要件を満たすことによりエキスパート・ビユーテイアドバイザー(EBA)に昇格する。そして、その後五年程経過し、空席があつて成績良好であれば、係長に昇格することもある。

右昇格に伴つて昇給するほか同一の資格にあつても、毎年一回本給及び職能給は定期昇給する旨(但し、職能給については人事考課実績評価に基づく。)定められている。

賞与については、特に定められておらず、本件事故当時までは、年間、給与の五か月分(夏冬に各二・五か月分)が支給されてきたが、平成六年は、夏期の二・五か月分が支給されたのみで、冬期には何ら支給されなかつた。

なお、定年は六〇歳と定められている。

<3> 江美子が定年まで勤務し、右のとおり昇給、昇格をすれば、一応、別紙四(給与計算表)の月給欄記載の月給を得たであろうと考えられるが、賞与については、右のとおり、不確定であつて、蓋然性のある金額を予測することはできない。

<4> ところで、カネボウの美容部員の平均勤務年数は三年ないし三年半であるところ、江美子は右のとおり入社約一年半後に死亡したものであつて、生前、勤務継続の意思を表明したこともあつたが、その意思の堅固さについては、明確でない。

<5> 江美子の本件事故前一年間の年収(平成三年一〇月ないし平成四年九月までの給与及び賞与の合計)は二七九万八一六二円であつて、右年収は平成六年の推定年収(別紙四の平成六年月給欄の一四・五倍の二四一万四九七五円)を超える。

<6> また、カネボウには退職金規則があるところ、江美子が右のとおり定年まで勤務した場合の退職金を、右規則により計算すると、原告ら主張の金額になる。しかしながら、同規則(甲九の9)一一条は、事業の縮小、閉鎖、譲渡時の退職金については、都度別に定めるところによる旨を規定している。

(2) 右に認定したところによれば、江美子がカネボウに定年まで勤務する蓋然性は認められず、また、江美子が勤務する蓋然性の認められる数年間については、給与は、右のとおり昇給したであろうと認められるものの、賞与は、右のとおりの支給状況にあつては、減少の蓋然性も否定できず、従つて年収の減少も考えられないではない。

以上の諸事情に照らすと、江美子は、右に認定した本件事故前一年間の年収である二七九万八一六二円を六七歳までの四七年間にわたり得られたものと認めるのが相当である。なお、退職金については、在職年数を明確にできないことや退職時の退職金規定を予測できないこと等に照らし、逸失利益として算定することはできないので、慰謝料算定の一事情として考慮することとする。

そして、証拠(甲二の1、2、七の1ないし15、乙一、原告秀子)及び弁論の全趣旨によれば、原告秀子は、夫であつた原告隆央と昭和五四年に別居し、同五九年一〇月一九日に離婚したところ、別居以降、未成年の江美子の兄、江美子、同人の弟の三子の養育を続け、親権者となつたこと、本件事故当時には運送業を営む内縁の夫と同居し、現在に至つていること、原告秀子は、本件事故当時、タレント養成所講師として働く傍ら、スナツクを経営していたこと、江美子はカネボウに世帯主である旨届けていないことが認められる。右事実に照らすと、江美子は、母の原告秀子を助けていたとしても、一家の支柱とまでは認められないから、生活費控除率は五割とするのが相当である。

以上により、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して江美子の逸失利益の本件事故時の現価を計算すると次のとおりとなる。

279万8162円×0.5×23.832=3334万2898円(円未満切り捨て)

(二)  葬儀関係費用(原告秀子の損害) 一二〇万円

証拠(甲四、五の1、2、二三の1ないし12、原告秀子)及び弁論の全趣旨によれば、原告秀子は葬儀費用等として、同原告主張額を支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用は一二〇万円をもつて相当と認める。

(三)  慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故の態様、無償同乗であつたこと、江美子の年齢、家族構成、被告が保険料を負担した搭乗車保険金一〇〇〇万円が原告らに支払われたこと(弁論の全趣旨)、逸失利益算定に際し、江美子の退職金を考慮しなかつたこと、夫と離別し、江美子を支えとしてきた原告秀子の精神的苦痛は甚大であつたこと等、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、江美子の死亡慰謝料を一二〇〇万円、原告ら固有の慰謝料を、原告秀子につき六〇〇万円、原告隆央につき二〇〇万円と認めるのが相当である。

なお、被告は、被告が江美子の死亡までの治療費一二二万円余を支払つた(乙六)ことを考慮すべき旨主張するが、右支払いは加害者として当然の義務を果たしたにすぎないから、右事情を考慮することはできない。

(四)  まとめ

以上により、原告秀子の損害は二九八七万一四四九円、原告隆央の損害は二四六七万一四四九円となる。

(五)  損益相殺

前記のとおり、原告らは、自賠責保険金各一五〇〇万円の支払いを受け、原告秀子は、さらに、一二〇万円の支払を受けているから、これを控除すると、原告秀子の損害残額は、一三六七万一四四九円、原告隆央の損害残額は、九六七万一四四九円となる。

(六)  弁護士費用

本件事案の内容等一切の事情を考慮すると、弁護士費用は、原告秀子につき、一三六万円、原告隆央につき、九六万円と認めるのが相当である。

三  結語

以上により、原告らの請求は、原告秀子につき、一五〇三万一四四九円、原告隆央につき、一〇六三万一四四九円及び右各金員に対する本件事故日である平成四年一〇月四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 下方元子 水野有子 宇井竜夫)

別紙一~四 略

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